柚木理雄さんが描く「バンライフでつくるこれからの地域との繋がり方」

京都出身。新しい生き方と働き方の探究、実験をする人。 自然と対話と歌、サウナが好きです。

Carstay公式アンバサダー2023に選ばれた柚木理雄(ゆのき・みちお)さん。

農林水産省での勤務を経て、現在は中央大学商学部の特任教授を勤めながら、株式会社Little Japanの代表も務める異色の経歴の持ち主です。


さまざまな経験や視点を持ちながら地域活性に関わる柚木さんが、今注目しているのは「バンライフ」。


実は、アンバサダーの中で唯一キャンピングカーを保有していない柚木さん。

まだバンライファーではない彼を惹きつける、バンライフの可能性や実現したい場づくりについて伺いました。

社会課題が自分ごとに。自分の手で未来はつくっていく

柚木さんの今までのご経歴を教えてください。

広島県に生まれ、幼稚園までは神戸で育ち、その後3年間はブラジルで過ごしていました。

そして、小学校4年生で帰国してからは、大学院まで日本で生活をしていました。


大学院では、研究のためにフランスへ留学をしていました。

実は、幼少期に受けたブラジルの自由な教育と比較して日本の統一された教育に疑問をもっていたんです。それもあって海外に出たい気持ちがあり、留学を選びました。


けれども、実際に海外で生活をすることで、日本には長い歴史と文化があって、治安もよく安心できるなど、たくさんの魅力があることに気づかされました。


好きな部分を知っているからこそ、嫌いな部分も好きになれるように変えて行きたい。


留学を経て、そんな思いが芽生えるようになりました。

そして、日本に変化を起こせる場所は国ではないかと考えし、農林水産省への入省を決めました。


農林水産省で勤務をされていた柚木さん

入省から9年後に退職し、会社を設立されていますね。きっかけは何でしょうか。

国が決めたルールを一律に守る風土を変えたくて入省しましたが、実際に働くと、その立ち位置では、実現が難しいと感じたことがきっかけです。


国やプラットフォームとなる場所には人がたくさんいて、改めて中央集権を感じるとともに、地域に主導権を持って動くプレイヤーが少ないと感じました。


このままだと、どこに行ってもカリキュラムが決まった教育の中で、平均的な人材は生まれやすいかもしれない。


けれども、個性を活かし、枠から出る人は生み出しにくくなる社会が待っているのでは、と懸念していました。

地域ごとの決定権が増えると、多様性を生み出せると考え、自身が地域に入り価値を作るプレイヤーになるために退職しました。


そして、2017年に株式会社Little Japanを立ち上げました。

「誰かにとっての最高の場を作る」ことをミッションにしています。


Little Japanスタッフが集合!国や性別を超え、集う場をつくられています。

Little Japanではどのような取り組みをされていますか。

バーチャルを含めた場づくりをしており、空き家を活用した宿泊施設の運営、シェアハウス、コワーキングの運営をしています。


また、2拠点生活や多拠点生活を後押しするサービス「Hostel Lifeの運営や、

行政の委託事業を受け、起業を前提とした地域おこし協力隊の支援も行っています。


Little Japanの事業構想は、私の学生時代や東日本大震災の経験から考えたものです。

学生時代にバックパッカーをしたり、ゲストハウスでバイトをしたりしていたので、

多様な人が集まり、出会う場所に興味がありました。


世界何十ヵ国も旅をされた経験を持つ柚木さん。2006年にはモンゴルへ。

そして、空き家活用については農林水産省に勤めて3年目に、東日本大震災をきっかけに、NPOでの社会活動に興味を持ちました。


その後、自分ごととして社会問題に取り組んでいきたいと考えた時に、ぶつかったのが「空き家問題」です。

両親の実家である岡山や広島の土地や空き家はどうなるのだろうか?

柚木家を継ぐ子どもは自分しかおらず、将来自分がその空き家を引き継ぐ可能性がある。


空き家問題が自分ごとになった瞬間でした。


これから自分が直面するかもしれない課題と、興味関心があった分野を掛け合わせ、空き家を活用した場づくりの事業が生まれました。

地域との関わり方に多様性を生み出すバンライフ

4月1日にオープンしたLittle Japan ECHIGO。

活動拠点に湯沢町を選ばれた理由は何でしょうか。

決め手になったのは湯沢町の人です。


僕たちのやりたいことをお話したところ、事業面、生活面あらゆる面で本当に親身になって協力をしてくださいました。

この場所でLittle Japan ECHIGOをつくり、コミュニティづくりをやりたいと思いました。



もう一つが、湯沢町の「ポテンシャル」に惹かれたからです。


東京から新幹線で70分程度でつく距離にあり、スキーリゾート地として人の往来が盛んです。

さらに、新潟県の中で唯一人口の社会増が続いている町でもあり、保育園から中学校まで一貫して教育を受けられる学校もできて、暮らしの観点でも魅力があります。


気候の観点でも冬は雪が大変ですが、夏は非常に過ごしやすい環境です。

魅力が詰まった場所で特に観光という面では、これからも人が増え続ける町だと考えています。


しかしながら、地域では廃業を選択する宿も増え、空き家も増えています。その理由はお客さんが来ないからではなく、高齢化による人手不足です…。


「こんなに可能性に溢れているのにもったいない」と強く思いました。


そこで、自分たちでも廃業になった旅館を改装し、宿泊・飲食・まちづくりの拠点「Little Japan ECHIGO」を立ち上げました。


さらに、自身で起業して場づくりに挑戦したい人も呼び込み、集落全体の空き家を活用したまちづくりに挑戦することにしました。地域に関わる人を増やしていくためには、バンライフが有効なコンテンツになると可能性を感じています。

関係人口を増やすために、これからバンライフはどのような役割を担えそうでしょうか。


自宅のように安心できる場を持ったバンライファーは、季節を問わず地域を訪れてくれる存在になると思っています。


湯沢町を例に挙げると、スキーシーズンはたくさん人が訪れるものの、雪が降るので暮らすには大変な季節です。

一方で、ローシーズンの夏は冷房がなくても過ごせる、気持ちのよい気候です。


そこで、過ごしやすい季節にバンライファーのみなさんが訪れたくなるきっかけを作ることで、現地での生活を楽しんでもらえますし、地域経済にとっても、ローシーズンに滞在してくれる人が増えるのはプラスになると思っています。


現在は、夏場には使用されないスキー場の駐車場をキャンプ場に変えて、車中泊スポットにすることで、バンライファーが訪れやすい場所にできるのではないか?などと考えています。


最高の気候で、東京からのアクセスも良い湯沢町へ足を運びたくなる理由をつくれると思うんですよね。また、私自身も単純にバンライフに憧れや面白さを感じており、数年以内にはバンでアメリカを横断していると思います。


硬いことを言いましたが、これには別に目的はなくて、ただ楽しそうで、ワクワクするからです。


そのために、まずは車中泊スポットの運営はもちろん、自分好みに改装したバンの購入からスタートしようと思っています。

これからも、「誰かにとって最高の場をつくる」を実現していきます!

お話を伺った方:柚木理雄さん


農林水産省での勤務を経て、2019年4月より、中央大学商学部特任准教授。株式会社Little Japanにて、「地域に関わる人を増やす」をミッションに、

越後湯沢の集落で空き家を活用したコミュニティづくりを進めるほか、大学准教授として自治体と連携し、地域資源を活かしたビジネスづくりを行うゼミをもつ。


個人としても、宿泊や観光産業としてのバンライフ、移住・定住などだけでない選択肢としてのバンライフに可能性を感じ、研究を進めている。

この記事をシェアする

京都出身。新しい生き方と働き方の探究、実験をする人。 自然と対話と歌、サウナが好きです。

Carstayアプリを
無料ダウンロード!

Carstayアプリの
無料ダウンロードはこちら!