漫画家井上いちろう先生に聞く「離婚して車中泊始めたら、どうなりますか?」

京都出身。新しい生き方と働き方の探究、実験をする人。 自然と対話と歌、サウナが好きです。

突然ですが、あなたがバンライフに興味を持ったきっかけは何ですか。


クルマで好きな場所へ旅をして、好きな場所で仕事ができる生活を知り、憧れを持った方は多いはず。

ノマド生活をするためのハウツー本を目にする機会も、コロナ禍を経て増えました。


では、バンライフを始めると「人間の内面」はどう変わるのでしょうか。

車中泊生活の方法を教えてもらうことはあっても、マインドに触れる機会は少ないのではないでしょうか。


今回は、離婚をして車中泊生活を始められた漫画家・井上いちろうさん(以下:井上先生)に、ご自身の考え方の変化やや旅を続ける理由を伺いました。


お話からは、バンライフだけに閉じない、人生の哲学が見えてきました。


記事のために特別に描き下ろしていただいたイラストとともに、ぜひお読みください。


「本当にここを目指すのか?」人生のゴールを疑うことから始まる

井上先生がバンライフを始めたきっかけを教えてください。

2019年春に離婚をしました。当時は、中古の一戸建てに住んでいたのですが、離婚をきっかけに家を売り、新居探しをしなくてはいけなくなりました。


けれども、どうも気分が乗らない。

自分に理由を問いかけてみて、人生の幸せなゴールと言われる「家を買う、奥さんがいる、子どもがいる」

状態を目指すことへの違和感に気づいたんです。


新しい生活に向けて身の回りを整え始めた矢先、父親が乗っていた中古のエブリイワゴンを譲り受けることになりました。

どうやら寝泊まりができるクルマらしい。


その時に、家の存在意義を考えました。


仮に新居を見つけても、家賃のために仕事を続ける状態は目指したくないし、実家に戻り、今までの生き方を完全にリセットはしたくない。


家賃を払うよりもガソリン代にお金を払いたいと思い、クルマでの生活を選びました。


今は車中泊をしながら、気の向くままに全国各地を巡りつつ、旅先で漫画を描く日々をTwitterで発信しています。


愛車名は「ボーンフリー」

車中泊生活について、読者からはどのような反応がありましたか。

発信をする前には気づかなかったのですが、純粋な気持ちで僕の旅を見てくれている読者が多いと感じました。


「暖かい所へ移動します。」と投稿すると、読者から「九州ですか?」と、先を読んだ返信をもらえることがあります。


読者の期待をいい意味で裏切り、全く異なる土地に行くテクニックを使うこともありますが(笑)

SNSの投稿へ具体的な反応がすぐに返ってくるので、おぼろげだった読者の気持ちが以前よりも見えるようになりました。


だからこそ、僕が紡ぐ旅を通して、読者と少し距離感が近い付き合いをしてみたいですね。


大学や高校の頃の友人のように、毎日顔を付き合わすわけではないけれど、存在は知っているので、SNSの投稿を見るとなぜか安心する関係性。


今までにはない、漫画と読者の新しい関わり合いが生み出せる気がします。


今までの常識を捨て、「本当の自分」を見つける旅へ

バンライフも早3年目。この期間でどのような変化がありましたか。

始めた頃から今までの間に、いくつもの自分の常識を捨ててきました。

バンライフは家に住む生活とは大きく異なり、常識が通用しないからです。


例えば、今までに「22時になったから寝る。」と決めていたルールには従えなくなりました。


運転する季節や土地、環境に影響を受けることが大きく、運転中の眠気は命に関わるので、眠くなったら眠らなくてはいけません。


けれども、眠くなかったら寝ずに仕事をしたり、深夜3時で目が覚めたら移動したり、野生動物のように体の声を聞きながら、生活をするようになりました。

何年も生きていると、常識を捨てきれない気がします。

いろんなものを吸収して自分は作られているので、バンライフを3年間しても、常識にとらわれている自分に未だに出逢います。


けれども、今までとは違う生き方をしているのだから、常識に塗りたくられた自分ではなく、本当の自分に変わらなくてはいけないと思うんです。


日常生活の中にいると、何を感じて、何を大切にしているのか、感度が鈍くなってしまいます。

だからこそ、数日間じっくりと車中泊生活をしてみてほしいです。


何日間かすると、クルマの中で過ごし、移動する生活が日常に変わっていきます。

そして、時には荒れ狂う海辺を走ったり、夜中の林道を走ったり、非日常な時間も過ごしてみてください。


そこには、一歩外に出ると、非日常な景色が広がっている。けれども、一歩クルマの中に入ると日常の安心感が待っている。

日常と非日常が隣り合わせにある生活をしていると、感情が動かされる瞬間にたくさん出会えますよ。



自分ならではの非日常と出会う日々

目的地はどのように決められているのですか。

一般的には、ネットで調べた綺麗な景色を目指して、旅行の計画を立てる方が多いのではないでしょうか。


けれども、ネットで見る景色は、誰かのフィルターを通して「美しい」と言われているものだと思うんです。

そこを目指すと、知らない誰かの感情を味わう旅になってしまい、面白くないんですよね。


地味だけれども、自分なりの名所を見つけるために、移動し続けています。

「旅行をしなければ。」と肩肘を張らずに、進んでいますね。


バンライフで印象的だった風景

新たな日常生活の中で、井上先生の感性も変化されているように思えます。

自分の本心が大切だと気づいてから、今までの常識を捨てて、五感を意識するようになりました。


そして、僕にとっての大きな変化は、「有言不実行になってもいい。」と思えるようになったことです。

今日下した決断を、明日には辞めてもいいんです。


バンライフを続けると、周りの季節が変わり、気温が変わり、環境も変わっていく。

そこで生きている自分が「変わらなくてはいけない」と、自然から教えてもらえました。


一方で、普遍的なものも見つけました。

お腹が減ったり眠くなったりすることは、欲求を満たす手段が異なれども、必ずやってきます。

生きていると、自然と身体が欲しがるものは変わらないようです。


楽しさがある一方で、一人の時間を辛く感じることはないですか。

旅を見ていてくれる読者の存在はもちろん、何よりも僕は運転が大好きなので、あまり孤独を感じないですね。


また、人と近くで話す行動だけが、対話ではないと考えているからかもしれません。

無言で運転をしていても、車に乗る人同士はコミュニケーションを取っていると思うんです。


赤信号で止まったり、追い越そうとするクルマに道を譲ったりできるのは、決められたルールを無言で守っているから成り立っていることですよね。


それぞれ目的地は違っていても、ルールを共有しないと辿り着けません。

その秩序を守りながら、車の流れの中に自分がいて、お互いの約束通りに動いているのが運転だと思います。


「寒いですね。」「そうですね。」と表面上の会話をするよりも、無言であってもお互いの生死に関わるコミュニケーションのあり方は、本質的だと感じます。


だからと言って、運転者に何かを要望しているわけではなく、ただ安全に走ってくれているだけでもコミュニケーションになっていると感じます。


クルマ同士の在り方も、相手を受容できる考え方も、家の中では気づけなかったことですね。


高速道路も、コミュニケーションが生まれる場所。

一期一会は、とんでもなくすごいこと

まだまだ先生の旅は続きますね。これからの旅への想いを教えてください。

まず一番に思うことは、Twitterで繋がった、高校の友人のような関係性の読者を大事にしていきたいです。


そして、今までの3年間は車内を「自分の日常」へ整えることに集中していましたが、

ようやく日常の土台ができてきたので、今度はもっとワガママを突き詰めていきたいですね。


いたい場所があれば、気が済むまで居続けて、動きたくなったら移動したい。

そんな自分らしい感情に寄り添いながら旅を続けます。


思い返せば、昔は人の目を気にして、気を遣う人間でした。そのせいで自分が見える社会を狭くしていましたが、バンライフを通してコミュニケーションへの感度が鋭くなりました。


だから、本質的な対話を大切にしていきたいです。


昨日話していた人と、今日会えるとは限らない。

もしかしたら事故に遭ってしまうかもしれないし、季節や環境はどんどん変化しているのだから、同じ明日は来ないんですよ。

そう考えると、一期一会は嘘じゃないと思うんです。

「#離婚して車中泊になりました」第3巻を執筆中とのこと。発売が楽しみです!

3巻は次の旅への大いなる序章と捉えています。

1巻から3巻までは家を離れ、車中泊生活を整えるまでの話を描いています。


まさにここから、ワガママな気持ちを胸に、自分らしく走り続ける旅が始まっていくと感じています。


これからも、高校の友人として、僕と一緒に旅を続けてくれれば嬉しいです。


お話を伺って

バンライフに限らず、人生の岐路に立つ時に考えたい問いを、たくさん贈っていただいたインタビューでした。

これからも、「#離婚して車中泊になりました」の漫画で、井上先生の旅を追体験していこうと思っています。

お話を伺った人:漫画家 井上いちろうさん


1994年、ちばてつや賞優秀新人賞を受賞。ヤングマガジン増刊号にて読み切りデビュー。

その後、主にパチスロ漫画誌で数多く連載し、鉄道好きが高じて旅や駅弁漫画を執筆。

現在は家を持たず、クルマで全国を巡りながら漫画を描く日々を送っています。Twitterはこちら

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